振り返り用のページ

世界史の振り返りのためのものです。

ラージプート時代って長くない?

 

ラージプートの話で、いくつか補足を。

 【用語説明】教科書P143も参照

○ラージプート:ヴァルダナ朝滅亡後の「北インド」で小王国を形成した、部族・集団。もとはサンスクリット語で、「王の子(ラージャプトラ)」が原義で、正統的なクシャトリアの子孫を意味するので、入試ではヒンドゥー教徒だろうと覚えることができる。このラージプート、イギリス統治時代のムガル帝国における、いわゆる「藩王マハラジャ)」です。

 ○ラージプート時代:7世紀後半・8世紀(ヴァルダナ朝滅亡以降)から13世紀(ガズナ朝、ゴール朝=イスラーム勢力のインド進出)までの地方王朝が複数樹立されたことに特徴がある時代。

 

【理解につながる部分】

ラージプートはヒンドゥー勢力として、ムガル皇帝にとっては無視できない存在でした。それは、教科書P143にあるように、アクバル(第3代ムガル皇帝)が、ラージプートの女王と婚姻関係を結んで、良好な関係を保とうとしたことからもわかります。しかし、アウラングゼーブ(第6代皇帝で、タージマハルを建てた人)がイスラーム的政策で押し切ったので、ラージプート勢力が反乱を起こしました。ここでもわかるように、あくまで「ムガル帝国」や「イスラーム」は全体を表面的に見た時の、この時代における南アジアの特徴の一つといえるでしょう。南アジアにはその他の要素も多分に含まれていました。もちろん、入試ではそういったことはわかりつつ、問われたことに答えるという“お作法”を遵守してくださいね。「はいはい、こう聞きたいんでしょ」と出題者の意図が汲み取れるようになると、余裕が出てきます。

 このラージプート勢力は土着の指導者・有力者なので、イギリスがインド統治を試みた際にも彼らを利用して間接統治を行いました。必要な時には、ヒンドゥー(ラージプート)とイスラームムガル帝国の体制側)の対立を利用した分割統治を行いました。デカン地方から発展してきたマラータ王国というのもあります。北インドではないので、ラージプートには含めませんが、彼らもヒンドゥーです。なので、一度イスラーム化したとはいえ、ヒンドゥーが消え去るようなことはありませんでした。ヒンドゥーは自然(nature)と親和性の高い、生活に溶け込む型の宗教ですし。「イスラーム化」すれば、すべてイスラーム一色に見えてしまう表記になってしまうのが、教科書の辛いところです。我々の生活を考えてみても思い当たることはあると思いますが、数世紀かけて出来上がった文化や伝統は、そう簡単には消滅しません。日本の八百万の神や、ヒンドゥーの数多くの自然神のように、振れ幅と寛容性の高い信仰や思想ならば、尚更でしょう。

 教科書P219で、「インド大反乱」が出てきますが、これにも当然ヒンドゥー勢力が加担しています。僕が中学のころは、セポイの乱シパーヒーの乱)と言っていました。でも最近はインド大反乱と言います。ラージプートを起源とする藩王国ヒンドゥー勢力)も、ムガル側(イスラーム)も含み、「インド」という意識を持って反英運動を起こしたから「インド大反乱」と表現するようになりました(ここでも国民意識の有無が用語に影響を与えています)。あとは、知っての通り、イギリスの分割統治や、宗教対立でガンディーの融和の呼びかけが実現せず分離独立という形になりました。

 

【雑感】

 分裂時代長くない?という疑問もあるけれど、むしろ地方政権が主体の時代が普通と考えてみるのはどう?と思ったりします。教科書P43の15行目あたりにもあるが、この時代は農地の開墾や都市の建設等で、地方が興隆した時代と考えることもできます。これは、中国でも言えることですが、「中央政権の統制力が弱まる=分裂」と捉えるのは、わかりやすいけれど、ある意味一面的な捉え方だと思います。むしろ「地方主体の時期にこそ、地方経済が活発化したんだよ。」というのが最近の捉え方かなと思います。こういう時代にこそ、その土地々々の文化や伝統が作られ始めるときなんだろうと思います。こういう例は他にもあります。例えば、教科書のP123の「明の海禁=朝貢体制とアジア海域」とP127の「16世紀の経済活況と政治・社会変動」を続けて読んでくれたらわかると思います。「明の海禁」という中央統制が取り払われたら、その周辺の経済が盛り上がる。意識しなければ、「明の海禁が破られた=中央である明が周辺の民族に苦しめられたのだな。その対策として何をしたのだな」で終わってしまいます。でも、せっかく世界史をやっているので、「複数の視点から物事を眺める」という技術も獲得すればいいと思います。そのためには、地方から中央をみればどうなん?あるいは、地方/中央という区切りってホンマにあるの?といった具合に。受験には必要ないといえばそれまでですが、せっかく世界史をやってるので。世界史のいろんな知識は忘れても、こういう複数の視点の持ち方は大人になっても大事じゃないかなと思います。「一歩ひいて、地理的にも歴史的にも巨視的に」というイメージで。特に社会に出ていろんな人と付き合うなら、いろんな立場やバックグラウンドを持った人と出会うやろうから。

 どうしても、われわれは今の区切りでしか世界を見られないので、南アジア=統一された「国民国家的」インド共和国(といっても公用語は17あって、多数の民族を内容する)ですし、東アジア=統一された「共産党主体の」中華人民共和国(といっても、ウイグルチベットなど、多様な人々を内包する)です。これは、歴史的に見れば、たかだか60〜70年間でしかない(もちろん、古代、中世における70年間と現代における70年間では、時間の流れ方が違うので、一概には比較できないことも頭に入れておかなければならないとは思いますが)。大きな流れのなかで捉えれば、今の状況もいずれは変容を迎えることになると思います。その変容の時代に立会えたら、面白いけど大変やろうな・・・。

 

とりあえず、以上です。いつも質問やsokosokoyyへの書き込みをありがとう。こういう文章を書くことは私自身の勉強にもなるので、これからも宜しくお願いします。